Aさんが遠い散歩に出かけた日

それは2月に入って特に冷えた朝。
大家さんのご主人が病院でお亡くなりになったと連絡が入った。
享年89歳とのこと。

思えばこの家を下見に来たときに、大家さんより先に出会っていたご主人。
よそから来た私を迎えてくれたあの笑顔がなかったら、
この家とのご縁も始まらなかったかもしれない。
ご挨拶だけさせていただこうと、お通夜に参加した。

お通夜の席では、会場で用意された食事に加え、
大家さんがお手製のビーフンをふるまってくださった。
ご主人の好物、やっぱり最期も台湾。

ハンチング帽とショートパンツ、杖を片手に散歩にでかけていたご主人。
 いつもおしゃれでしたね
 こだわりがあったのよね
 毎日お出かけしてお元気だったわよね
 ほんとにね
近所の方とそんな話をしながら食べたビーフンは、特別な味に感じた。

病院では一ヶ月以上眠ったままだったご主人。
私と一ヶ月違いで、今頃はきっと台湾あたりだろう。
懐かしき総督府あたりを散歩しながら。




鳳梨酥からよもやま話の続きです。

鳳梨酥からよもやま話

大家さんに台湾土産としては大変王道な鳳梨酥、いわゆるパイナップルケーキを持っていった時のこと。

「まぁー、よかったわねえ」という第一声に続いて始まったのは、大家さんのご主人の話。
ご主人は実は台湾生まれの台湾育ち、ご両親が当時台湾総督府にお勤めだったというのだ。
戦前の台湾のこと、大家さんがお姑さんから数々の台湾料理を習ったこと、それもあって大家さんの得意料理はビーフンであること。
お家賃を渡しがてらのお土産、玄関先でずいぶんと話に花が咲いた。
「主人が見たら、きっと喜ぶと思うのだけどねぇ」

昨年末に突然脳梗塞で倒れてしまった大家さんのご主人は、それからずっと目を覚ますことはないという。
なんだかんだと6年以上お世話になっている間柄、私もやはりドライな心持ちではいられない。
そしてこんなことになってしまう前に、パイナップルケーキから花咲くご主人の話も伺いたかった。
心から思う。



台湾の朝の雨

台北にいる間、朝はだいたい雨だった。

朝食後、日記にはだいたい「今日も雨」とメモをする毎日。
一日目と二日目は士林の同じホテルに泊まったので、見える景色はこんなふうだった。
華やかな夜市が明けると、街は二日酔いのようなだるさを感じる。

ホテルの中のモダンな空気と対照的な、生活感のあるビル。
窓辺の数だけその住人の息づかいを感じるのは、置いている植物のせいだと思う。



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